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イノベーションを起こしたくても起こせない状況
イノベーションとは、既存の物事や環境に新しい発想を取り入れて、事業や社会生活に良い意味の大きな変化をもたらすことです。
日本人のイメージでは、「イノベーション=レボリューション」ですが、それほど難しいことではありません。
生産体制や市場開拓、組織編成に新しい発想をとり入れ、既存の体制が変わることもイノベーションです。そのため、イノベーションは組織単位でも起こります。
たとえば、アナログで在庫管理をしていた小売業者が、データベース管理を導入すると、その小売業者にはイノベーションが起きたと言えます。
つまり、イノベーションは日々世界中で起きていて、物事の進化にはイノベーションがつきものなんです。反対に、イノベーションが起きなければ進化は止まります。
ところが、企業がイノベーションを起こしたくても、起こせない状況に陥ることがあります。その状態を「イノベーションのジレンマ」と言います。
- わかりやすいイノベーションのジレンマの解説
- イノベーションのジレンマが起きる理由
- イノベーションのジレンマの事例
- イノベーションのジレンマを乗り越える共存戦略
それでは早速見ていきましょう。
イノベーションのジレンマとは
イノベーションのジレンマとは、企業が経済的な合理性から顧客や投資家のニーズを叶える動きをとり続けることで、破壊的イノベーションを起こせなくなり、新興企業にシェアを奪われてしまうことです。
イノベーションのジレンマは、著書「イノベーションのジレンマ」の中で、クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が唱えた経営理論の1つです。
イノベーションのジレンマを理解するには、「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」という考え方を知っておきましょう。
破壊的イノベーションとは
破壊的イノベーションとは、技術革新によって既存の商品やサービスの高機能、小型化、低価格などを実現するだけではなく、これまでなかった新しい価値観を市場に提供するイノベーションのことです。
破壊的イノベーションは、新しい価値観のため、初めは市場に受け入れられませんが、そのメリットが理解されると爆発的に普及します。
持続的イノベーションとは
持続的イノベーションとは、企業が顧客満足度を高めるために、既存の商品やサービスの機能性を高めたり、生産体制などの工程を効率化するイノベーションのことです。
市場では、既存の商品やサービスがしのぎを削っているため、競争に勝ち残るには顧客満足度を上げる必要があります。
そのため、常に顧客ニーズを把握し、既存の商品やサービスの改善に投資をすることで、持続的イノベーションを起こし続けなければいけません。
イノベーションのジレンマが起きる理由
上記を読むとわかると思いますが、イノベーションのジレンマが起きるのは、持続的イノベーションを行っていた企業が、顧客ニーズと商品のコモディティ化の板挟みになるためです。
そして、新しい技術や新しい概念を持って、突然あらわれた新興企業に市場を取られてしまいます。しかも、企業はその様子を横目に見ながら、イノベーションのジレンマから脱出できずに衰退・弱体化していきます。
なぜ企業は、イノベーションのジレンマに陥るのでしょう。クレイトン・クリステンセンは、以下の理由を挙げています。
企業は顧客や投資家の意向が優先されるため
大多数の顧客や株主の期待に応えなければいけない企業は、短期的な実績を積み上げなければいけません。そのため、初めは利益を生みにくい新しい市場に目を向けたり、力を入れることができなくなります。
小さな新しい市場では企業が成長できないため
企業が成長するには大きな市場が必要です。新しい市場は小さすぎて、企業が望む成長は期待できません。そのため、既存の大きな市場に固執しなければいけません。
企業は既存市場の分析によって戦略を決定するため
企業は、既存市場を分析することで戦略を決定し、合理的な投資を行います。ところが、新しい市場・存在しない市場は分析できないため、企業戦略を立てられません。
既存事業の専門家が集まると新事業が行えなくなるため
企業は、既存の業務を効率化するために専門的な部署やチームを作り、所属する人材の専門能力を高めていきます。そうしてできた専門家集団では、いざ新しい市場を攻めようとしても適性がありません。
技術力向上が市場ニーズにマッチすると勘違いするため
持続的イノベーションを行ってきた企業は、常に技術力を高めることで市場のニーズに応えてきたと自負しています。ところが、市場ニーズが常に機能の向上で満たされるわけではありません。
つまり、商品が高性能になっても、それは企業やその従業員の自己満足でしかなく、顧客にとっては使わない機能が増えただけのオーバースペックな商品になる場合があるということです。
イノベーションのジレンマの事例
イノベーションのジレンマは、とても多くの事例があります。以下、わかりやすいものをいくつかピックアップします。
事例1.携帯電話とスマートフォン
1990年代の日本では、携帯電話の持続的イノベーションが起きていました。
ただの電話からメールやインターネットができるようになったiモード、カメラ付き携帯電話、オーディオ機能付き携帯電話、ワンセグ対応携帯電話など、日本を中心に携帯電話の市場が作られていました。
ところが、携帯電話の普及率が高まるほどにコモディティ化していき、iPhoneの販売によって旧携帯電話市場は衰退化してしまいます。
事例2.レンタルDVDと動画配信サービス
レンタルDVD・ビデオ加盟店数は1990年代にピークを迎えましたが、2000年代に入ってIT化が進むと急速に減少していきます。レンタルDVD店舗が急速に減少したのは、二段階のイノベーションが起きためです。
1つは、店舗に行かなくてもWEB経由でDVDをレンタルできるようになったことです。これは2000年以降にTSUTAYAなどレンタル事業者の大手も積極的に採用しました。
もう1つは、NetflixやHuluなどの低額の動画配信サービスが広がったことです。こちらはレンタル事業者は関係なく、IT新興企業が行ったイノベーションです。
TSUTAYAで本格的な動画配信サービスが始まったのは2015年8月(TSUTAYA TVはそれ以前からある)。当時はこのようなニュースが出ていました。
「Netflix」の上陸を間近に控え、にわかに注目が集まっている月額定額制(サブスクリプション型)の動画配信サービス。しかし、こと新作映画を見たいと思えば、個別課金の動画配信やDVD/BDレンタルのほうが早いというのが実情だ。そこに目をつけ、定額制見放題とレンタルを組み合わせたサービスが登場した。
なんとか既存の顧客を残し、事業がカニバらないように調整をとった結果だと思いますが、今振り返るとこの戦略こそがイノベーションのジレンマと言えます。
事例3.自動車と電気自動車
今後起こることが予想されるのが、自動車産業のイノベーションのジレンマです。
たとえばトヨタは、次世代の自動車販売に向けてハイブリッドカーや電気自動車開発に積極的に取り組んでいますし、「モビリティカンパニー」というテーマを掲げて、自動車メーカーの中ではいち早くイノベーションの波に乗ろうとしています。
ところが、自動車メーカーは巨大な部品製造網が足かせになっています。
というのも、自動車と電気自動車では必要な部品数が違いすぎるため、電気自動車への転換点で今の自動車産業を支える部品工場がほとんど必要なくなってしまうからです。
自動車は、ハードからソフトに移行します。そのため、今ある部品製造網をソフトウェ事業網に換えなければ、日本の自動車産業が急速に縮小する可能性があります。
事例4.テレビとインターネット放送
また、テレビ事業もイノベーションのジレンマに苦しむでしょう。
現在の日本のテレビ局は放送法で守られていますが、視聴率が取れなくなれば広告効果が薄れ、広告主が離れていきます。そのため、放送法関係なく存続の危機が訪れます。
電波は権利なので、テレビ局がなくなることはないと思いますが、テレビの視聴率が、インターネット放送に流れていることは明らかです。
テレビ局が電波の権利に頼らずに、インターネットに注力すれば生き残ることはできますが、イノベーションのジレンマが起きる理由を乗り越えることは難しいですね。
- 大企業は顧客や投資家の意向が優先されるため
- 小規模な新しい市場では大企業が成長できないため
- 大企業は既存市場の分析によって戦略を決定するため
- 既存事業の専門性が高まると新事業が行えなくなるため
- 技術力向上が市場ニーズにマッチすると勘違いするため
大企業がイノベーションのジレンマを乗り越える方法は
では、大企業がイノベーションのジレンマを乗り越えるには、どんな行動や戦略が必要になるでしょうか。
変化する方法を考え続ける
それは、常に将来を見据えて、変化する方法を考えることです。経営層が新しい発想を持ち、社内に対して「新しい発想がなければ、企業は継続できなくなる。」と啓蒙し続けなければいけません。
ただし、数千人-数万人規模の人が働く企業で、新しい発想を啓蒙し続けることは難しいですね。
そのため、大企業が取れる戦略は「共存戦略」しかありません。
新興企業との共存戦略をとる
共存戦略とは、簡単に言うと、新しい発想を持っているベンチャー企業などの新興企業に出資をすることです。
残念ながら、現在の日本のベンチャー企業に対する出資は、アメリカや中国に比べて驚くほど少なく、この環境が10-20年変わらなければ、日本経済は確実に弱体化していきます。
人は成功するほど、守りに入りがちです。ただ、それは守っているように見えてゆでガエル状態、現状維持バイアスにかかっているということを理解しなければいけません。
次回は、ベンチャー企業に対するVCやCVCからの投資、金融機関からの融資が極端に少ない理由についてお話したいと思います。